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小沼

たしか50年代から60年代にかけて、
本多勝一さんがベドウィンのところに行って
本を書いてますよね(『アラビア遊牧民』1966年)。
で、最初はわりと好印象なのが、だんだん、
彼らはずるいというような話になってゆく。
その書き方が印象に残っています。
また女性には近づけないことをとても強調していました。

𠮷竹

たとえば男性が女性を撮る場合は、
独身女性だと父親の許可がいるし、
既婚女性だとご主人の許可が必要です。
わたしは女性なので、その手続きを飛ばして、
女性も撮れるし、男性も撮れる。
日本では女性であるために悔しい思いをしたことが
何度かあったんですけど、
アラブ世界では撮影にかぎらず、
女であることを利点に感じることのほうが多かったですね。

小沼

ご自身女性であったのがメリットになった、と。

𠮷竹

そうですね。
本多さんの『アラビア遊牧民』は、
わたしも貪るように読みました。
当時はアラブの本、それも遊牧民となると
本多さんが書かれたものしかなかったので。
おっしゃるように、最後にはギブ&テイクを通り越して
「あれをくれ、これをくれ」とばかり言う民族だと
書かれていて、
「えっ、そうなの!?」と驚きました。

小沼

本多さんは、印象をかなり悪くして
帰ってくることになります。

𠮷竹

なので、実際に行くようになって、
「あれ? まったく違うなぁ」と。

小沼

あ、それはどういうことなんでしょう? 
つまり、本多さんと𠮷竹さんとでは訪ねた時代が違うし、
性別を含めて立ち位置のようなものも違うわけですけど、
その「まったく違う」というのは
どこから生まれてくるのかしら?

𠮷竹

わかりやすい違いでいうと、本多さんは
日本から食料をはじめいろいろなものを持参なさって、
ベドウィンの住まいとは別に
テントを張って生活されたんですね。
だから、彼らと・・・・・・。

小沼

距離があった。

𠮷竹

そう思うんです。
わたしが日本から持ち込んだのは、
カメラとトイレットペーパーだけ。
トイレットペーパーだけはどうしても・・・
女として、ないとちょっと苦しいかなと(笑)。
でも、それしか持っていかなかったんです。

小沼

なるほどぉ。

𠮷竹

それから、彼らの住まいで一緒に寝起きしてました。
同じものを食べて、なま水を一緒に飲んで、
ひとつの布団で川の字になって寝て。
とにかく同じ生活をしたんですね。

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ベドウィンのカラフルな布団。昔の日本のように家族が川の字になって寝る。
2002年撮影。(C)Megumi Yoshitake

小沼

それは大きな違いでしょうね。
イスラムの人たち、あるいはより広くみて
アラビア語やヘブライ語などセム系のことばを話す人たちは、
お客さんをもてなすこと、ホスピタリティがすごく重要で、
ものすごく歓待するといいますし。

𠮷竹

ええ。
とにかく、わたしは彼らと同じことをしようと思っていて、
最初からそれをずっと貫いています。
で、結果的にかなりお世話になってますけど、
彼らはなにも請求しないんですよ。
「来てくれてうれしい」って、むしろお土産をくれるくらい。
パンを作る小麦粉を大量にくれたり、
あるときはチーズを一斗缶に入れて、
「これ、お土産」と言われて。
どうやって持って帰るの!?って(笑)。

小沼

へぇ(笑)。

𠮷竹

わたしのほうは、どんなお土産を持っていけばいいのか
悩むようになったんですけどね。
高価なもの、いいものを持っていきたいけれども、
それが必ずしもいいこととはかぎらないですし。

小沼

向こうの事情がわかってくる、ということですよね。
𠮷竹さんは何度も何度も行ってるわけで、
そうやって行かないとわからないこともあるでしょうし。

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𠮷竹

そうかもしれませんね。
そうそう、よく「アラブ人」と言いますけど、
本来はベドウィンのことを指すんですね。
彼らも自分たちのことをベドウィンとは呼ばず
アラブと呼ぶんです。
だから、ベドウィンこそがアラブの原点なんです。

小沼

「ベドウィン」って、
もとはフランス人が言った言葉ですね。

(註:すぐに参照できるWikipédiaのフランス語版を覗くと、こんなふうに記されている。
──「bédouins」は、アラビア語で「沙漠に住人」を意味するbadw (البدو) 、
badawiyine (بَدَوِيُّون)、あるいは複数形のbadawi (بَدَوِي)に由来する)。

𠮷竹

そうなんです。
・・・とまぁ、そんなこともあって、シリア沙漠に、
ベドウィンのもとに行きたい、彼らを知りたい気持ちが、
わたしはすごく強かったんですね。

小沼

念願の沙漠、ベドウィンのもとには、
どういった経緯で行けるようになったんですか?

𠮷竹

実は最初に中東を訪ねるときに、
ある大学のまた別の先生から
「シリアに行くなら、シリア第二の都市アレッポに
折田魏朗(ぎろう)という人がいるから訪ねなさい」と
言われていたんです。
アレッポには乾燥地における農業や畜産業の研究開発を行う
通称ICARDA(イカルダ)と呼ばれる国際機関があって、
折田先生はそこで動物の衛生や栄養を扱う研究所のトップ、
獣医さんだったんです。
シリアに44年暮らして2008年に亡くなるまで
シリアの牧畜業に多大な貢献をされていた方で。
ドクトルの愛称で呼ばれ、
町を歩けばみんなが声をかけてくる。
みんなから愛され、尊敬されていました。
中東、とくにシリアにかかわる人のサポートもなさっていて、
それこそ平山郁夫さんの絵や
井上靖さんの小説に出てくる事柄、
NHKをはじめ、あらゆるテレビ番組のサポートなども
折田先生の案内によるものだったりしたんですね。

余談ですが、折田先生がよく言っていたことは、
「カレンダーを逆さまから数える人は嫌い」。
商社などでアラブに「行かされちゃった」人は
カレンダーを逆さまに数えますから(笑)。

小沼

あと何日、って。

𠮷竹

逆にシリアを好きな人のことは徹底的にサポートする。
どれだけの人が折田先生にお世話になったことか。
そんな折田先生と1987年にお会いしてから
ずっとお付き合いをさせていただいていたので、
「ベドウィンに会いに行きたい」と相談をしたんですね。
折田先生は長年、羊の育成に取り組んでおられ、
羊を飼っているベドウィンから神様とまで言われた方。
それで、今回写真集に収めたベドウィン家族に
出会うことになった・・・それが20年前の1995年です。
今のわたしがあるのは、すべて折田先生のおかげ。
本当にお世話になり、可愛がっていただいて、
心から敬愛していました。

小沼

なるほど。

𠮷竹

当時すでにシリア政府による
ベドウィンの定住化計画が実施されていて、
定住するようになったベドウィンもいたんですけど、
そうではなく、
沙漠で昔ながらの伝統的な暮らしを送っている家族。
かつ、わたしが女性ひとりで入ることもあって、
きちんとした家庭を紹介してくださって。
これが本当に素晴らしい人たちで、
以来、毎年同じ家族に
会いに行くことになったというわけです。

小沼

そのご家族の最初の印象は、どんな感じでした?

𠮷竹

まず最初に沙漠で彼らに会ったときはですね、
勉強してきたはずのアラビア語が
全然通じませんでした(苦笑)。

小沼

あははは(笑)。

𠮷竹

部族語というか、要するになまってるんですね。
たとえば「水」は、
標準語では「マイ」と発音するんですけど、
彼らは「モイ」(マイがややくぐもった感じ)と
発音するんです。
ほかにもいろいろな言葉がなまっていて、
トイレに行きたくて「トイレ」と言っても全然通じない。
最初の10日間はつらかったですね。
言葉は通じないし、なにを食べても砂がついてくるし、
寝ていても砂を感じる。
あたりまえですけど、ガスも水道も電気もなにもない。
シリアもヨルダンも街は日本と同じですから、
そのギャップを改めて大きく感じて。
ストレスなのか熱も出て・・・・・・。
夢にまで見た沙漠、夢にまで見たベドウィン。
彼らは熱を出したわたしを手厚く看護もしてくれる。
なのに、つらくてつらくて、日本に帰りたくなってしまって。
10日経ったところでビザを更新するため
街に出かけなくてはならなかったんですけど、
そのまま帰るつもりでいたんです。

小沼

ええ。

𠮷竹

で、街に行きました。
パルミラという遺跡群のある街で、
そこでベドウィンのおとうさんとおかあさん、
街で暮らしている親戚の人たちと、ごはんを食べたんですね。
きれいな部屋で、明るい蛍光灯の下で、
砂のついていないきれいな食器で。
ところが、そのごはんを美味しく感じられなかったんです。
さらに、都会的な洋服を着た親戚の人たちと、
伝統的なアラブの服をまとったおとうさんとおかあさんが
並んだときに、
おとうさんとおかあさんのほうが魅力的で美しく見えた。
あれ・・・・・?と。

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𠮷竹

沙漠はいつもにぎやかなんです。
ベドウィンは妻を4人まで持てる一夫多妻なので、
子どもがたくさんいて、子どもたちはだいたいいつも
「おかあさん!おかあさん!」と呼んでいたり、
泣いていたりと騒がしい。
そして夜になれば家族みんなが焚き火のまわりに
車座になって、お茶を飲みます。
そんな風景が街のホテルのベッドの上で、
ぶわーーーっと浮かんできて、
寂しい!沙漠に帰りたい!と思っちゃったんですね(笑)。
沙漠はなにもないところですが、
自然の恵みにあふれています。
街は一見すると清潔で洗練されてますけど、
よく見ればゴミが置かれていたりもする。
沙漠のほうが美しいじゃないか!?と、
そのときはじめて思えて。

小沼

なるほどねぇ。

𠮷竹

で、実は、わたしの写真もそこから大きく変わったんです。

小沼

あ、そうなんですか?

𠮷竹

小さな子どもって、はじめて会う人には、
あからさまに不審な顔を向けますよね?

小沼

人見知り、というか、とっつきが悪いですよね。

𠮷竹

わたしに対しても最初の10日間はそうだったんです。
それが、お話ししたような気持ちの変化を経て
沙漠に戻ってみると、
子どもたちの表情が違っていて。
写真にうつるみんなの表情が、まるっきり変わったんです。

小沼

おもしろいですねぇ。

<次回に続きます>


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